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神戸地方裁判所 昭和60年(ワ)961号 判決

原告

中尾芳治

原告訴訟代理人弁護士

下山量平

正木靖子

被告

坂本勇

被告

安藤美知子

被告ら訴訟代理人弁護士

佐伯雄三

主文

一  被告らは原告に対して、別紙目録記載の家屋を明渡し、かつ各自昭和五九年三月七日から右明渡済に至るまで一か月金三万八〇〇〇円の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は第一項中、金員の支払を命ずる部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  主文一、二項同旨の判決

2  仮執行宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は別紙目録記載の家屋(以下本件家屋という)を所有している。

2  原告は被告坂本勇に対して本件家屋を賃料一ケ月金三万八〇〇〇円毎月末日翌月分持参払とし、かつ原告の承諾なくして、賃借権の譲渡もしくは転貸またはこれらに準ずる行為をしてはならない旨を約して賃貸し、同被告は本件家屋でスナック「じゆん」の名称にて飲食店を営んでいた。

3  しかるに、被告坂本は昭和五八年一二月末頃に原告の承諾なく本件家屋を被告安藤美知子に転貸したことを、原告において同五九年二月頃に発見した。それで原告は、同年三月六日到達の書面により被告坂本に対し、無断転貸を理由として右賃貸借契約解除の意思表示をした。

4  よつて、原告は、被告坂本に対しては賃貸借契約終了により、同安藤に対しては所有権により本件家屋の明渡を求め、かつ被告らに対して、各自契約解除の翌日である昭和五九年三月七日より明渡済に至るまで一ケ月金三万八〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求原因第1項は認める。

2  同第2項の事実は認める。

3  同第3項につき、被告坂本が被告安藤に本件家屋を転貸していること、原告が昭和五九年二月頃発見したとの主張は否認、原告主張の趣旨の賃貸借契約解除の意思表示があつたことは認める。被告安藤は、右「じゆん」に勤めているが、被告坂本に雇われているものである。

4  同第4項は争う。

三  被告らの抗弁

仮に、被告らの関係が転貸借的なものと評価しうるものがあつたとしても、次の事情からして原告との信頼関係を破壊するものではなく、背信行為と認めるに足りない特段の事情があるものであつて、本件契約解除は認められない。

すなわち、スナックとしての使用方法は全く変わつておらず、賃借人として最も基本的な義務である家賃は被告坂本がきつちり支払つてきていること、当事者には転貸借という意識はなく賃貸人の承諾をえる必要があるとの認識がなかつたのもやむをえぬからぬものがあるといえることなどから信頼関係を破壊したものとはいえず、背信行為とはいえない特段の事情があるというべきである。

四  抗弁に対する認否

争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因第1、2項の各事実及び原告が昭和五九年三月六日到達の書面をもつて被告坂本に対し、被告安藤への無断転貸を理由として本件家屋の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

二そこで、被告坂本が同安藤に対し、本件家屋を転貸したかどうかについて判断する。

〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

1  被告坂本は、カラオケリース業を本業としているものであるが、昭和五六年ごろ原告から、飲食店を目的として本件家屋を賃借し、そのころから本件家屋において、「じゆん」という屋号のスナック店を開業した。もつとも、その営業許可名義は自己の妻である坂本律子とし、実際の経営も右律子が当たつていた。

右律子は、古くからの友人である被告安藤を昭和五七年一二月ごろ「じゆん」の従業員として雇入れた(当時の被告安藤の給料月約一〇万円であつた)。

2  ところが被告坂本は、昭和五八年三月ごろ肩書住所地で「茶恋路」という屋号の喫茶店を開業し、律子をして同店の経営に専念させなければならなくなつた事情から、そのころ被告安藤に対し、前記「じゆん」の経営を委せることとした。

被告両名間の右経営委託契約の骨子は、右「じゆん」の売上げが月四五万円あつた場合、そのうち一五万円を被告安藤が取得し、売上げが月四五万円を越えれば経費を差し引いた残りを両被告間で折半する、売上げが月四五万円に達しない場合、被告坂本の損失というあいまいなものであり、かつ書面化されていない。

3  被告安藤は、昭和五八年三月、本件家屋で前記「じゆん」の経営に当たつた以後、同店の収入及び支出(仕入、給料、光熱費、家賃等を含む)はすべて同被告の責任で行い(光熱費は、同被告の前夫の名義で行つていたこともあつた)、その支払も同被告が「じゆん」の店の売上げからしていた。ただ本件家屋の家賃については、被告安藤が同店の売上げの中から被告坂本に対しその分を支払い、被告坂本は原告に対し、それを送金していた。しかし、そのほかの支払は、被告安藤が支払先に対し直接行つていた。

そして、被告安藤は、そのほか同店の金銭管理、帳面付をすべて行つていたものであり、被告坂本においては月一回帳面を見るだけであつて、被告安藤に対し同店の経営に関し指導監督したことがない。

4  また、「じゆん」におけるカラオケも被告安藤がリース業者である同坂本からリースし、その売上を同被告と折半している。

5  なお、本件賃貸借契約解除後の事柄であるが、被告安藤は、昭和六〇年一二月ごろ自己の子が交通事故により死亡したことから、同六一年一月二九日から同年三月三一日までの二か月間、「じゆん」を閉店している。

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

前記認定事実を総合すれば、被告安藤は、かつて被告坂本に雇われてスナック「じゆん」に従事していたものであるが、被告坂本が昭和五八年三月ごろ喫茶店「茶恋路」を開業し、同被告の妻律子が同店の経営に専念することになつたため、同被告から右「じゆん」の経営を委せられてからは、同店の実質的な経営者となり、本件家屋を独立して使用収益していたものであつて、被告ら間には雇傭関係すなわち被告安藤において被告坂本からスナック「じゆん」の労務に服することを命ぜられ、同被告から右労務に対する報酬を得ていたとか、同被告の従業員として本件家屋を占有していたに過ぎないとかいうような関係がほとんどなかつたことが明かである。そして、被告ら間の本件家屋に関する契約は、形式的にはスナック「じゆん」の経営委託契約という方式をとつているものの、被告安藤が同店の実質的経営者であり、同被告において本件家屋で同店を経営するための賃貸借契約であつたと認めるのを相当とし、したがつて、被告坂本は昭和五八年三月以降被告安藤に対し、本件家屋を転貸したものといわなければならない。

三被告ら間の右転貸につき、原告がこれを承諾していたとの証拠はない。

四被告らは、右転貸につき背信行為と認めるに足りない事情があつたと主張するが、たとえ、被告ら間の前記転貸の前後を通じ、本件家屋につきスナックとしての使用方法が変らず、家賃延滞の事実もなく、また被告ら間には転貸借という意識がなかつたとしても、客観的には同スナックの経営主体が実質的に交替し、転貸が行われているのにかかわらず、原告に隠して、転貸の承諾を受けていなかつたということそれ自体が背信行為というべきである。

そうすると、被告らの主張事実だけでは、原告に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情ありとすることはできないし、ほかに右事情の存在を認めるべき的確な証拠はない。

五以上のとおりであるから、原告が昭和五九年三月六日被告坂本に対してなした本件賃貸借契約解除の意思表示は有効であり、原告、被告坂本間の本件家屋賃貸借は、右契約解除によつて終了し、原告は、被告坂本に対しては右契約解除に伴う原状回復義務として、同安藤に対しては所有権に基づき、本件家屋の明渡及び昭和五九年三月七日から右明渡済みに至るまで一か月三万八〇〇〇円の割合による家賃相当の損害金支払を求める権利がある。

六よつて、原告の被告らに対する本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を、金員支払部分に関する仮執行の宣言につき同法一九六条を(本件家屋明渡部分に関する仮執行宣言申立は、事案に照らし相当でないと認めて却下する)各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官広岡 保)

目   録

神戸市中央区下山手通七丁目六九番地

家屋番号 六九番三

木造陸屋根二階建店舗兼居宅

一階 二三・四〇平方メートル

二階 二三・四〇平方メートル

右家屋のうち

一階店舗 二三・四〇平方メートル

(但し二階への階段部分は除く)

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